教育相談だより 3「失敗について」


⌚令和3年9月28日投稿

 

 真夏の暑さも少しずつ収まり秋の虫の音が聞かれるようになりました。ただコロナの勢いはなかなか収束に向かっていないようで不安で窮屈な生活を余儀なくされています。

 そんな状況下で新学期を迎えて学校はコロナ対策と教育活動の推進との両立という難しい課題を克服しなければなりません。目の前の子どもたちの新たな可能性の発見と伸長を目指す教育に時間的な猶予はありません。

 

 私が教員としての生活を初めて間もない頃に、授業の準備を少しおろそかにしたまま授業に臨んだことがあります。初任者の研修や課題に追われる生活が続き一番大切な授業準備が手抜きになっていたのです。そんな時に限って先輩の指導教員が授業参観に来られました。もちろん授業は形式的な知識の切り売り授業に終始し、生徒の興味関心を引き出すどころか退屈な授業でした。授業後の休憩時間にその先輩教員から「教育は待ったなしの営みであり、授業に臨むに当たっては教員としての矜持をしっかり持って臨むこと。授業準備がおろそかになるということは、生徒が学ぶということの崇高さをおろそかにすることにつながる。二度と今日のような授業をしてはいけない。」と厳しい指導を受けました。私は何も反論することもできないまま、先輩教員の言葉にただうなずくだけでした。

 

 毎日の生活の中でいかに多忙であろうとも、本分を忘れていたことへの反省と生徒たちに言い訳のできない不甲斐なさに対する自責の念がこみあげてきたことを今でも忘れません。

 それからの授業は今まで以上の時間をかけて準備し、生徒の目線で授業を展開することを心掛けるようになりました。授業中の生徒の反応もよくなってきました。教壇に余裕を持って立てるようになりました。すると私自身にある変化が起きたことに気づきました。日常の多忙さは変わらないし、むしろ増してきているのですが疲労感や、やらされているという辛さを感じなくなったのです。今思い返すと、それまでの受け身的な生活から前向きに自ら積極的に課題に向かうことが好結果につながったからだと思います。「教育は待ったなし」という言葉は私の座右の銘としてずっと教員生活を支えてくれました。

 

人は成功からよりも失敗から学ぶことが多いとよく言われます。私の場合もその通りです。失敗して何もしなければ失敗のままなのですが、そこから立ち上がって自分なりの努力をすればその失敗は失敗ではなくなるのです。いつまでも過去の失敗にこだわらず、今できることを一つずつやっていけば大丈夫なのです。